パースでホームステイ・留学・ワーホリしよう!と思ったら、良心的でアットホームなマノップに参加しよう!

















Manopメンバーの体験談
これまでにManopに参加してくれたメンバーたちの体験談です。
すでに日本に帰ってしまったあなた、ぜひ体験談を送ってください!
メンバー名: Azusa. S
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ホームステイ期間:4週間
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語学学校:P.I.C.E
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ビザの種類:ETAS
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大学の夏休みを利用して一ヶ月間パースに留学しました。パースは自然が多く本当に美しい街です。でもだからといって生活に困ることは何もなく、必要なものはCityで何でもそろいます。私のホストファミリーはまだ三十代前半の若いご夫婦でした。私にとって親元を離れることも、まったく知らない人と一ヶ月生活をするということも初めてだったので、心配も多かったのですが、お二人はとても気さくでオープンだったので気疲れすることなく生活できました。休日には農場や教会などに連れて行ってくれ、ホームステイならではのローカルで貴重な体験ができました。
学校は日本人を含むアジア系が多かったものの、世界中から生徒が集まっていて様々な国の友達ができ、授業後は毎日みんなででかけました。英語が通じなかったり、自分の言いたいことをきちんと伝えることのできないもどかしさはもちろんありました。必死に辞書を引き、英語に訳しそれをまた自分の国の言葉に訳すという時間のかかる作業を、お互いの伝えたい、理解したいという気持ちが可能にしたと思います。そのために、たった一ヶ月という短い期間にも関わらず、別れの辛さは想像を絶するものでした。みんな同じ目的をもってパースにきているせいか、考え方の合う子が多く、その出会いは一生の宝物です
もちろん私がパースで得た物はそれだけではないし、それどころか大学で一年間学んだことより大きいと思っています。毎日が充実し、毎日を“生きている”ことを実感しました。もし今Manopを見て迷っているのなら選択肢はひとつしかないはずです。パースの街と天文学的な確率で出会える人たちが与えてくれるものは本当にPricelessです
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メンバー名: Kaori. S
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ホームステイ期間:4ヶ月
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語学学校:Milner
College
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ビザの種類:ETAS
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私にとっては今回3度目のパース。3年前にワーホリで渡豪し、1年のうち9ケ月を過ごしたのがここパースでした。前回も最初の3カ月はホームステイでしたが、ビジネスライクなファミリーに当たってしまい、とてもつらい思いをしました。今回3カ月の休みが取れ、パースへ!と思った時、”今度は絶対ホストファミリーと仲良くしたい!”という思いが強く、3年前の滞在時から噂は聞いていたマノップに申し込みすることにしました。
そして私の要望通り、「フレンドリーで明るくて、お節介なくらいかまってくれる」優しいお母さんと、元気な娘のいるファミリーに受け入れてもらうことができました。お母さんはいつも私を紹介する時「私の4番目の娘よ!」と言い、私は毎日、本当の娘のように怒られたり抱きしめられたりしました。かと言って干渉され過ぎることはなく、きちんと独立した大人として扱ってくれていて、本当にとても居心地が良かったです
学校はミルナーにしました。理由は、午前は文法、午後は会話とレベルによるクラス分けがされていたところ。 これによって、日本人特有の「文法ができるから上のレベルに入っちゃったけど、同じクラスのヨーロピアンの会話についていけない!」が、解消できたと思います。そして前行っていた学校よりは、日本人が少なかった気がします。学校もCityにあって便利だし。
でも今回の滞在の一番の収穫は、最高のファミリーの一員となれたことです。 本当に楽しかった。きっと一人では見つけられなかったと思います。勉強にしろ、働くにしろ、全ての生活の大元となる「家」が心地よいかどうか、それが重要だと実感しました。来年、マザーが日本に遊びに来ます。私も精一杯、心地良い家を感じさせてあげたいと思います。
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メンバー名: Taeko. K
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ホームステイ期間:4ヶ月
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語学学校:Milner
College/P.I.C.E
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ビザの種類:Working
Holiday / Student
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初めてのホームステイ&語学学校
私がパースに到着したのは2002年5月。ホームステイ先は、私の親と同世代の女性一人のお家で、ご飯がおいしくて、毎晩夕食を楽しみにしていました。シェアに移るときは、号泣でした。その後も月に一度は電話していました。今でも私のオーストラリアの母親です。
学校はMilnerに通いました。最初は苦労しましたが、2週間たつ頃からとても学校が好きになり、期間も1ヶ月延長しました。学校では韓国の友達がたくさんできました。私にとって韓国は「近くて遠い国」でしたが、彼らはとても親しみやすく好印象を持つことができました。今でもメールや手紙のやり取りをしています。他の国の友達もたくさんできました。文化の違いや言葉の壁を乗り越えて、分かり合えたときの喜びは格別でした。ここでステキな人たちに出会い、たくさんのことを学んだことで私のワーホリのいいスタートが切れたと思います。
一人旅
旅の始まりにバスの接続に失敗し、バスの中で二泊三日を過ごしました。荷物が多すぎて、肩が内出血したり、初めてのバッパーの汚さにショックを受け、しばらくは後悔ばかり。しかし、旅の間にたくさんの人と知り合い、大自然に触れ、気付けば、旅にはまっている自分がいて、ワーホリの大半を旅に費やしました。ブルームでの月の階段、カカドゥーのキャンプ中に迎えた誕生日(皆が小さなケーキにマッチをろうそく代わりに立て、祝ってくれました)、エアーズロックで見た満天の星空、シドニーの花火、タスマニアで登ったMt.Credle。どこもステキな思い出ばかりです。
学生ビザへ変更
旅の途中いつも「もっと英語が話せたら、もっと仲良くなれたのでは」と思っていました。そこで、もう一度勉強するために、学生ビザに切り替え、ケンブリッジ検定コース(FCE)に通いました。FCEは宿題も多く、大変でしたが、やりがいはありました。少しでも英語を話す機会をと思い、再びホームステイ。次のステイ先は現地の大学に通う留学生を受け入れている大所帯。毎晩話に花が咲き、英語の勉強にもなりました。皆で映画を見たり、テニスに行ったり、食後にコーヒーを飲みながら話していると、あっという間に時間がたっていました。マザーは毎日、大勢の食事の用意をし、部屋を掃除し、常に私たちが快適に過ごせるようにしてくれていました。学校が大変ながらも、マザーとステイメイトたちのおかげでとても楽しく毎日を過ごすことができました。
私がオーストラリアで得たもの
パースを選び、マノップに出会い、人生で最高の時間を過ごすことができました。様々な体験は私の狭い視野を少しずつ広げ、自分に自信を与えてくれました。日本での仕事をやめて、オーストラリアに行ったことに後悔は全くありませんし、私がそこで得たすべてのものが宝物です。
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メンバー名: Natsuki
& Masumi
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ホームステイ期間:1週間
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語学学校:公立小学校
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ビザの種類:ETAS
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パース親子ホームステイ&小学校体験入学
夏休みを利用して子どもに海外の小学校を体験させてやりたい。オーストラリアなら季節が反対なので夏休みではないし、治安もいいし、物価も安いらしい。オーストラリアならパースに前から行ってみたかった・・・と思ってWEBをいろいろのぞいているとき、マノップインターナショナルのホームページを発見。直感で「ここだ!」と思いマユミさんにメールしました。親子留学は扱われたことがなかったにもかかわらず、親子を受け入れてくれるステイ先や一週間だけ子どもを通わせてくれる小学校を捜してくださり、私たちのために快くアレンジしてくださいました。
ステイ先はとても広いお家で、私たちはバスルーム付のお部屋を使わせていただきました。お子さんは5歳の男の子と3歳の女の子。英語しか話せなくて年齢も離れたご兄弟と、7歳の娘が遊べるか心配していたのですが、2日目からしっかりいっしょに遊んでいてこちらが驚きました。娘は週に1回英語教室に通っているだけの、いまどきのフツーの小学生ですが、それでも片言の英語でコミュニケーションをとって遊んでいました。学校のほうも「楽しかった」と。子どもはたくましい。
娘は偏食気味なので心配していたのですが、ホストマザーはお料理上手だったので、もりもり食べていました。お母さんに日本語が通じるおかげで子どもも「おもちゃ貸しては英語でどう言うの?」など教えてもらえてよかったようです。
さて、子どもが学校に行っている間、私は植物園や美術館や博物館、近所のショッピングセンターに行ったりして過ごしました。また、子どもといっしょにカバシャムワイルドライフパークでカンガルーに餌付けをしたり、マーケットでショッピングをしました。週末はホストファミリーが、ビーチにピクニックに連れていってくださいました。
まだ早春だったのですが、ワイルドフラワーもかなり咲き始めていて、家のまわりで見られる鳥の種類もすごく多かったです。自然が豊かで、それでいて、街はこざっぱりと清潔で本当に住みやすい街でした。また、ちがう季節にもぜひ、行ってみたいです。
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メンバー名: Megumi.
M
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ホームステイ期間:1ヶ月
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語学学校:Milner
College
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ビザの種類:ETAS
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2003年8月、一ヶ月、語学学校に通いながら、週末にはいろんなところに観光に行きました。ピナクルズ、スワンバレー、コフヌコアラパーク、スカボロービーチなど、パース付近にはとても魅力的な場所がいっぱいです。ピナクルズツアーの途中で立ち寄ったランセリンという町の青すぎる海と一面の白い砂丘は、一生忘れられないでしょう。
留学の最大の魅力は新しい友達ができること。様々な国の人たちと英語でコミュニケーションし、いろんな経験を共有し、友情を深めてきました。友人たちとのコミュニケーションはお互いに不完全な英語を使うので、一つのことを伝えるのにもすごく時間がかかったり、誤解が生じたこともありました。でもその分、自分の言いたいことがきちんと相手に伝わったり、相手の言いたいことが理解できたときの感激はひとしおでした。
そしてやっぱりなんと言っても、ホストファミリーとのふれあいが私にとっての一番の思い出です。私のホストファミリーは、家族全員が運動大好きでした。彼らはゆっくり話してくれ、私が居心地悪い思いをしないように、いつも気遣ってくれました。週末にはマーケットやサイクリングに出かけ、すごく貴重な時間をともに過ごしました。何よりの思い出は、City
To Surfという市民マラソンに参加し、12km完走したことです。このマラソンには19万人のパース市民が参加し、私のホストファミリーはそのマラソンに向けてトレーニングをしていましたが、私は一度しかトレーニングできませんでした。私にとって、いきなり12km走るのは本当に無謀でした。でも、私は決して歩くことなく、この12kmを走りぬくことができたのです。それは何よりも、ホストファミリーの応援と支えがあったからこそ。ゴールしたときに、ホストマザーがかけてくれた‘ I’m
proud of you.‘ という言葉は、私のすごく大切な宝物になっています。
この1ヶ月で私は本当にいろいろな経験をし、数え切れないほど多くのものを吸収しました。悩むことも多かったし、トラブルもありました。でもそのすべてが今では貴重な思い出です。日本にいたら絶対に知り合えない人々に出会い、絶対に味わえない経験をしました。そして私は、人の温かさと、自分の気持ちをきちんと伝えることの大切さと難しさを学びました。もしあなたがパースへの留学を迷っているのであれば、是非飛び込んでみてください。きっとすばらしい景色とさらにすばらしい人々があなたを待っています。Manop のホームページを見つけたのも運命だったのかもしれません。ホストファミリーとその親戚の皆さん、語学学校でであった先生や友人たち、そしてマユミさん、本当に本当にありがとうございました!
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メンバー名: Sakura. A
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ホームステイ期間:6ヶ月
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語学学校:Phoenix
/ Milner College
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ビザの種類:Student
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ホームステイ
ホームステイ先は両親小さな子供が3人。マザーはゆっくりしゃべってくれるので、だいたいは理解できた。問題はお父さん。彼はジョークをまじめ顔で言うので、それがジョークなのかさえもわからない!とりあえず、半笑いで乗り切る。でも、本当にいいお父さんだった。毎日食事の準備をしてくれた。いつも、上半身は裸だったけど。とても開放的で明るい家庭で、お互い特に気を使わず、快適な生活だった。そういえば、マノップメンバーのT君もまるで自分の家のようにリビングでゴロゴロしていたなぁ・・・。
PHOENIX
学校では初め、ヨーロッパ人の英会話の上手さについていけないと思った。でも、彼らは文法なんて気にせず話している。そう思ったら、なんとかやっていけそうな気がした。途中から私は、SEFICという会話だけの試験コースも受けた。2クラス中、約9割は日本人だった。中だるみの時期だったので、この授業はいい気分転換になった。試験には全員合格。たまにガーデンで授業をすることもあり、PHOENIXの印象は“開放的でフレンドリー”といった感じだ。金曜の午後は授業がないので、よく飲茶を食べに行ったなぁ・・・。
2軒目のホームステイ先へ
楽しく生活していた矢先、一ヶ月でホームステイ先を出ることになっていたことが発覚。どうやら、マザーに「あなたは一ヶ月で出る?」と聞かれたときに、よくわからないまま私は、「YES」と言ったらしい。この非常事態に、内心は焦っていた。シェアも見に行ったが、治安が気になり断念。ファーザーは、「行く所がなかったら、車庫を使っていいよ」と真剣な顔で心配してくれた。でも、車庫は・・・できれば避けたいです。と思った。そして、まゆみさんに相談したら、新たにホームステイ先を探してくれた。次のステイ先はマザーのみ。2人だけの静かな生活かと思った。が、マザーは大の話し好き。いろんな話をしてくれる。正直、これくらいの年齢の女性はどこの国でも、同じような話をするものなのだと思った。とてもリスニングの勉強になった。ここで5ヶ月間生活したが、おいしい食事を毎日作ってくれて本当にありがとう。
MILNER
学生ビザを半年延長して、MILNERに通うことにした。生徒はスイス人と日本人が多く、つづいて、韓国人、ブラジル人、台湾人などだ。入学一週間後、ケンブリッジ検定コースに入った。授業は午前はグラマーとリーディング、午後はリスニングとスピーキング。このコースは、スイス人に大人気で、校内もカフェテラスもスイス人でいっぱい。私のクラスは、11人中5人がスイスのドイツ語圏、その他スイスのイタリア語圏、チェコ人、韓国人、そして日本人は私のみ。とてもいい環境だった。
友人とパース
日本人はもちろん、今も連絡を取り合っているスイスや韓国の友達、年齢や経歴は違うけれど、みんな明るくオープンマインドな人たちだ。これからも私の大切な友人でいて欲しい。オージーはとてもフレンドリーで、バスを待っている間でも、気軽に話し掛けてくる。パースは、のんびりとした小さな街だが、きれいな空に緑、それにビーチがある。これからパースに行く人たちは、ぜひそのリラックスした空気を満喫し、いい友達とパースでの毎日を大切に過ごしてほしい。
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メンバー名: Natsuko. T
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ホームステイ期間:2ヶ月
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語学学校:Milner
College
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ビザの種類:Student
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私は2002年2月から約半年間、パースに留学しました。ちょうど夏の終わりごろで、日中はとにかく暑くて、紫外線ギラギラ、という感じですが、夜は涼しくてとってもすごし易かったです。友達同士で放課後は公園でバーベキュー(これぞオーストラリア!)、週末はビーチによく行っていました。パースは小さい都市ですが、のんびりしていて、広い公園がたくさんあってとても住みやすかったです。アパートや学校などの物価もシドニーなどに比べるとずいぶん安いそうです。
最初の1ヶ月間お世話になったA夫妻は、いつも私を気遣ってくださって、帰りが遅いときは車で迎えにきてくれたり、キャンプに連れて行ってくれたりと、ほんとうに親切にして下さいました。ホームステイの後はシェアハウス(一度体験してみたかったので)とオーペア(aupair:住み込みのお手伝いさんのようなもの)を経験しましたが、最後の1ヶ月はホームステイシックになってまたA夫妻にお世話になりました。
私の通ったMilner International Collegeはパースでは一番古い語学学校だそうで、一般
英語とケンブリッッジコースの評判はよかったです。クラスでは、時期によって日本人は10人中私1人だけのときもあれば、日本人5人に韓国人5人、といったようなアジアンなクラス構成になることもありました。全体的な印象は、日本人20%、スイス人20%、韓国人20%、その他ブラジル、香港、台湾などでした。いろんな国の人に話しかけて友達になったら、クラス構成はあまり気にならないと思います。最初は、聞き取れなくて何度も聞き返したりしていましたが、そのうち慣れて、というか全部の単語を聞き取れなくても返事しちゃえば会話は成り立つ、とわかったので、そのうちお互いの国の文化や歴史の話など、少し込み入った話もできるようになりました。長く滞在するほどホストファミリーやシェアメイトとも仲良くなれるし、会話がはずむと「もっといろんな英語を覚えなきゃ」と、勉強するはげみになりました。
初めて一人で外国に住んで、いろんな困ったことや事件やホームシックなどもありましたが、まゆみさんやホストファミリーや友達に助けてもらいながらなんとか乗り切ることができました。デニスもオヤジギャグにもっと磨きをかけてください。
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メンバー名: Megumi. F
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ホームステイ期間:1ヶ月
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語学学校: Phoenix
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ビザの種類:Working
Holiday
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初めての壁
銀行口座の開設をするときの話。英語が上手に話せない私と銀行員さんとの戦いが始まったのです(以下、私的翻訳)。
め:「銀行口座を開設したいんですが…」 銀:「君は英語が話せるのか?」
め:「す…少し。」 銀:「じゃあ、英語の話せる知り合いはいるか?」
め:「ホストマザーが一緒に来ていています…」 銀:「じゃあ、その人連れてきて!」
マ:「何か?」 銀:「あなたは彼女に日本語で銀行のシステムを説明できるのか?」
マ:「日本語では…」 銀:「システムの理解していない人間に口座を開かせられない」
私たちは口座が開設できぬまま、帰宅。ものすごく落ち込んだ私をみてホストマザーは、「気にすることないわよ!明日別
の支店に行ってみなさい!」と、元気づけてくれました。翌日シティーの支店に行って、簡単に口座を開設することができました。
シェアが決まらない
シェアを探しでは、知らずに要注意と言われる地域の家を選んでしまいました。結局、探し直すことにしましたが、その時点でホームステイ契約切れ1週間前。しかし、マザーは、もう1週滞在しても構わない。といってくれ、焦りは軽減されたのでした。今度は、マザーから地域に関するアドバイスをもらってから、見に行きました。しかし、汚い所や家具がないなど、不適切なところばかり。さらに二つの物件を見つけたので、マザーと一緒に物件のチェックをし、そのうちの1件に決めました。引っ越しの日も車で新しい家まで送ってくれました。シェアハウスに1人残された私はあまりの静かさにとても寂しくなってしまいました。
ミスブッキング
パースからブルームまでツアーに参加。ブルーム到着の日、無意識に時計を見ると、日付表示が「10月3日」。宿泊先の予約の時には、「10月4日!」と断言していた気がし、到着の感動は一気に寒気に。私はツアーガイドのヘンリーに相談しました。
ヘ「心配ね〜よ! 今日もテントで寝りゃいいじゃん! テントはいっぱいあるんだから!」
め「マジでいいの? ありがとう。でも、念のためバックパッカーに今日からでも泊まれるか聞いてから決めるよ」
そして、ヘンリーはフロントまで付いてきてくれて、事情を説明するのを手伝ってくれました。結局、部屋は空いていて無事に3日から泊まることができました。
最後の最後まで…
オーストラリア出国前日。朝から荷物を郵便局に運び、マユミさんと最後にお茶なんかしつつ、フリーマントル周辺の観光にも連れて行っていただき、有意義な最後の日だな〜 と優越にひたっていました。その後CD屋さんに入り、欲しかったCDを手にして凍り付きました。大切なことを忘れた! 銀行口座とプロバイダの解約を忘れていたのです。どちらも営業時間はすでに終了。私は、自己嫌悪と焦りに襲われました。結局、銀行口座は代理に頼み、プロバイダの方は翌朝、空港から電話で解約することができました。
以上、私の事件簿でした。これから、パースに来ようと思っている皆さん! オーストラリアにはむしろ事件より楽しいことの方がいっぱいです。パースでは毎日、何かしらの楽しみがあって、アルバイトも喜んで出かけていました。その気持ちを日本に帰っても忘れないようにと思っています。「自分の手で生活を変えないと何も変わらないんだ!」 って事を身に染みて感じました。
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